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大阪高等裁判所 平成2年(ネ)169号 判決

控訴人 澤潤治

右訴訟代理人弁護士 阪井紘行

被控訴人 中谷キヌヱ

右訴訟代理人弁護士 由良数馬

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人を債権者、被控訴人を債務者とする奈良地方裁判所葛城支部昭和五八年(ヨ)第一〇三号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が昭和五八年六月二三日にした仮処分決定を認可する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨の判決

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実適示及び原当審記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。

原判決二枚目表九行目の「真正登記名義」を「真正な登記名義」と改める。

同三枚目表三行目から同四行目にかけての「処分禁止の仮処分」の次に「(以下、本件仮処分という。)」と付加し、同九行目の「債権者主張1、2の事実中、」を「控訴人主張1の事実は知らない。同2の事実中、」と改める。

(控訴人)

一  原判決は、昭和四七年九月三〇日に亡信司の相続人である被控訴人、宗義及び充宏間において遺産分割の協議ができた根拠として、中谷應信が依頼し司法書士に作成してもらったという〈証拠〉(遺産分割協議書)を採用するが、同号証は一体どこで誰によって作成されたものなのか全く不明である。

中谷應信が同号証を作成してもらったという司法書士谷口信義の娘谷口恭子は同号証の作成を明白に否定している。また、特に、充宏については、同人が未成年者であるために中谷應信が特別代理人として押印しているが、司法書士が同号証の作成に関与していたのであれば、家庭裁判所の特別代理人選任手続を経ないで同号証の中谷充宏特別代理人中谷應信名下に押印させるだけで放置しておくはずがない。

同号証についての中谷應信の別件訴訟(大阪地方裁判所昭和五八年(ワ)第二〇〇五号事件)及び本件訴訟における証言、同号証の記載内容、亡信司の相続財産である各不動産の処分状況等からしても、同号証は申請外会社エンペラー倒産後専ら財産を保全する目的で作成されたものというべきである。

二  被控訴人は、夫信司亡き後、成人した長男宗義を中心として、同人が始めたニット製品の縫製加工を一家の生活資金を得るための主たる事業とし、これを積極的に手伝っていたし、また同事業の資金繰り等に供するために亡信司の全ての不動産を宗義に相続させ、その利用あるいは処分等一切を宗義の自由にさせていた。このように被控訴人が右不動産の全てを宗義の自由にさせていたことは、本件不動産に設定された株式会社南都銀行及び中小企業金融公庫の抵当権については、前記遺産分割協議書の記載内容に符合させるための抹消登記を求める措置が何らとられていないことからも明らかである。

本件不動産は、当初の登記簿に記載のとおり、真実は宗義がこれを相続して、その所有権を取得していたものである。したがって、真正な登記名義の回復を原因とする宗義から被控訴人への本件登記は、専ら債権者の差押えを免れるために被控訴人と宗義が通謀してなした虚偽のもので無効である。

(被控訴人)

一 控訴人の右主張は、いずれも争う。

〈証拠〉の遺産分割協議書は、申請外会社エンペラー倒産後に作成されたと控訴人は主張するが、わざわざ法律的に欠陥のある遺産分割協議書を後日偽装して作成するはずがない。また、〈証拠〉によれば、右遺産分割協議書の記載内容どおり、相続税の申告がなされ、その申告どおり税金の納付がなされている。

二 本件仮処分の登記は原判決の仮執行宣言に基づき平成元年一二月二七日に抹消登記手続がなされ、本件不動産は既に昭和六〇年一二月一一日に北川須満子に所有権移転登記がなされてしまっている。右のような場合、大阪高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一三四〇号仮処分異議控訴事件の判決が判示するとおり、「原判決につき、民訴法五一二条一項による執行停止がなされることなく、右仮執行宣言に基づいて仮処分登記も抹消された以上、仮処分債務者は、仮処分命令の拘束を完全に脱したものであり、従って、仮処分債務者は、爾後、仮処分債権者に対する関係においても、本件土地建物を有効に処分できる地位を回復したものと解される。しかも、登記実務上も、一旦、仮処分登記が抹消されている以上、仮に、控訴審において前記仮処分命令取消判決を取り消す判決がなされたとしても、抹消された仮処分登記の回復登記の方法はなく、新たな仮処分登記の嘱託をなすべきところ、(中略)既に、被控訴人らとその名義を異にしているものであるから、結局、右仮処分登記もなし得ないものである。」ということになる。従って、本件仮処分申請は、もはや保全の必要もなく、執行方法もないものであるから、失当といわざるを得ない。

理由

一  控訴人の申請により、奈良地方裁判所葛城支部が昭和五八年六月二三日「債務者(被控訴人)中谷キヌヱは本件不動産について譲渡、質権、抵当権及び賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」との仮処分決定(本件仮処分)をなし、同月二七日本件不動産に右仮処分の登記がなされたこと、右仮処分についての仮処分異議事件で、同裁判所支部(原審)は、平成元年一二月二二日「本件仮処分決定を取り消す。債権者(控訴人)の本件仮処分申請を却下する。この判決は第一項に限り仮に執行することができる。」との判決をしたことは本件記録上明らかである。そして、〈証拠〉によれば、右仮執行宣言付仮処分取消判決に基づき平成元年一二月二七日前記仮処分登記の抹消登記がなされたこと、本件不動産について、〈1〉昭和五八年九月二一日被控訴人から光洋物産株式会社に対し売買がなされ、昭和五八年九月二二日その旨の所有権移転登記がなされ、〈2〉昭和五八年一一月一五日光洋物産株式会社から中谷應信に対し売買がなされ、昭和五八年一一月三〇日その旨の所有権移転登記がなされ、〈3〉さらに、昭和六〇年一二月一一日中谷應信から北川須満子に対し売買がなされ、同日その旨の所有権移転登記がなされたことが疎明される。

二  以上のとおり、原審は仮執行宣言付仮処分取消判決をし、その執行停止がなされることもなく、右判決に基づき本件仮処分登記の抹消登記がなされたのであるから、これにより本件不動産は一旦本件仮処分の執行のない状態すなわち仮処分債務者(被控訴人)は仮処分債権者(控訴人)に対する関係においても本件不動産を処分しても控訴人に対抗できる状態になったのである。そうすると、前記〈1〉ないし〈3〉の本件不動産の各売買を原因とする所有権移転登記は、右仮処分登記の抹消登記により、仮処分債権者である控訴人に対する関係においても対抗できる状態になったということになる。

ところで、控訴審において原審の仮執行宣言付仮処分取消判決を取り消し本件仮処分を認可する判決がなされ、これにより本件仮処分の執行力が再生しても、原審の仮執行宣言付仮処分取消判決によって本件仮処分登記の抹消登記がなされ、本来仮定的暫定的な性格の仮処分の執行力が一旦消滅したので、当初の仮処分登記が復活することはないというべきであり、また、登記実務においてもこのような場合抹消された処分禁止の仮処分登記の回復登記をすることは許されないとされているから、控訴審の右判決で本件仮処分登記の抹消登記の回復登記をすることはできない。一般に、控訴審で右のような判決がなされた場合、仮処分決定と控訴審の仮処分認可判決とを一体として(両者を併せて一個の債務名義として)新たな仮処分登記の嘱託をなす方法でその執行をおこなうべきであると解するのが相当である。

しかしながら、本件においては、前記のとおり、本件不動産の登記簿上の所有名義が、すでに、被控訴人(仮処分債務者)から光洋物産株式会社及び中谷應信を経由して北川須満子に移転してしまっているので、仮に当裁判所が原判決取消仮処分認可の判決をなし、これと本件仮処分決定とを一体として新たな仮処分登記の嘱託をしてみても、新たな仮処分登記をすることはできないといわなければならない。

そうすると、本件仮処分申請自体についても、現時点においては、目的物件である本件不動産が仮処分債務者以外の者の所有名義に属するので、これを容れることはできないということになる。右の意味において、本件仮処分申請は、保全の必要性を欠くといえる。また、本件においては、保証をもって保全の必要性の疎明に代えることも相当ではない。

三  してみると、その余の点につき判断するまでもなく、本件仮処分決定を取り消し本件仮処分申請を却下した原判決は結論において維持すべきであって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大久保敏雄 裁判官 妹尾圭策 裁判官 中野信也)

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